二風谷イタ

二風谷イタとは、沙流川流域に古くから伝わり、現在はおもに北海道の平取町二風谷で伝統的技法が継承されている、木製の平たい形状のお盆です。アイヌの伝統文化には、例えば刃物の鞘やタバコ入れ、衣服やゴザ、織機のヘラなど、日常使う道具を文様で美しく飾る志向が強く流れています。
カツラやクルミの木などで作られるこの工芸品の最大の特徴は、モレウノカ(渦巻の形)、アイウㇱノカ(刺のある形)、シㇰノカ(目の形)、ラㇺラㇺノカ(ウロコ文様)などに代表されるアイヌ文様が、表の面全体に彫り込まれていることにあります。
二風谷のイタが最初に史料に現れるのは、幕末の安政年間(1854~1859)。松前藩が幕府に献上する産品の中に、沙流川流域の半月盆や丸盆の記録があります。献上品となるほどの完成度があったという事実は、それに先行する地域の長い営みが想像できます。
時代が下って1890年代(明治20~30年代)。貝澤ウトレントクと貝澤ウエサナシは、ラㇺラㇺノカ(ウロコの形)を多用した盆や茶托などを販売していました。『平取町史』(1974年)には、彼らが作品を札幌で販売したという記述があります。貝澤ウエサナシの作品はいま平取町立二風谷アイヌ文化博物館にあり、今日の作品とも共通する文様や作風を見ることができます。 また1904(明治37)年、アメリカの人類学者フレデリック・スターはアイヌ研究のために来日しました。彼が集めた資料の中には、二風谷のイタも含まれていました。

二風谷イタは現在、二風谷民芸組合が中心となって制作と販売を行っています。組合は、次の時代を見すえた技法の継承にも力を入れています。作家にとってイタは、画家にとってのキャンバスです。一般の日用具に比べてとても大きな平面に、みずからの発想とデザインを自由に展開することができるイタの制作は、工芸の伝統と作家の個性が交わる豊かな世界です。
二風谷イタはいま「伝統的工芸品」の指定を受けて、さらに新たな歩みの章を綴ろうとしています。二風谷の歴史風土とアイヌ文化が生み出す文様の一本一本の線は、しなやかな生命力に満ちています。先人たちが作り上げた伝統を糧に、イタの未来は、工芸やアートの境界を超える新しい可能性を開いていくかもしれません。
イタは、5年、10年、20年と、使う人々との関わりが深く長くなるにつれ、いっそう味わい深い表情を帯びてくることでしょう。二風谷イタとの価値ある出会いを、どうぞお楽しみください。

伝統的工芸品